それはいつものことながらひどく唐突だった。


「ねぇ、佐助。」
「何、?」


もぞもぞと隣で眠る彼女の動く気配で起きると、突然話し掛けられた。 まだ目を閉じたままなのに、起きてることを見越したように話し掛ける彼女に思わずふっと笑った。 そのまま重い瞼を無理矢理開け、腕の中に収まるを見ると笑いながらこちらを見ている。 部屋の明かりは全部消えていて、カーテン越しに射す月明かりだけが部屋を照らしていた。 そんな薄暗い部屋の中はしんとしていて、衣擦れの音以外、何も響かない。 突然、目を合わせたままのが、くすくすと笑い出す。 その顔は笑顔というよりは、いい悪戯を思いついた子どもって感じのそんな表情。 ああ、なんだか嫌な予感がする。


「ねぇねぇ、佐助。」
「はいはい、どうしたの?」


なかなか続きを言おうとしない。 口を開いては閉じて、至極楽しそうにただ笑ってばかり。 どこまで引っ張るつもりなんだか。


「私ね、ずっと思ってたの。」
「何を?」
「聞きたい?」
「聞かせてよ。」


そう言うと、は俺の腕の中から抜け、ベッドに肘をつき軽く起き上がった。 少しだけこちらを向き隣で寝たままの俺を見下ろすと、またニヤリと笑い、 前に向き直りその口を開いた。


「私ね、佐助のことが大嫌いよ。」


いつもと変わらぬ調子で届いた思いもしないその言葉に、 一瞬何もかもがぴたりと止まったような気がした。 その間も変わらずは悪戯っぽい笑みを浮かべていて。 そこまではっきり嫌いだと言われると、いっそ清清しいくらいだ。 だが、があんな風に笑っているときは大抵裏がある。 この突然の告白にも何かしらあるのだろう。 内心溜め息を零しつつ、その言葉の真意を探ろうとを見る。


「さっきまで俺の下で鳴いてたの、どこの誰だっけ?」
「私ね。」


仕返しだと言わんばかりに若干嫌味も込めて聞けば、あっさりと返される。


「じゃあ、は嫌いな奴の下で気持ちよさそうに鳴いてたわけだ。」
「そういうことになるわね。」


これにもまたあっさりと答えると、は軽く振り返り壁に掛けられた時計を見やった。 つられて自分も時計に目をやると、ちょうど午前二時を少しばかりまわったところ。 連続秒針の針が、文字盤のデジタル表示のカレンダーの上を忙しなく通り過ぎていく。 カレンダーに暗闇でも見えるようにと控えめに付けられたライトでぼんやりと今日の日付が浮かび上がる。


「あー、なんだ。そういうことか…。」


独り言のように呟いて、へなへなと枕にうつ伏せに沈み込んだ。 4月1日、デジタル表示のカレンダーに浮かぶ数字がの言葉の真意を俺に伝える。 来年からは騙された奴を笑えないな。 自分が引っかかってしまっては。


「気付かない?」
「気付かない。」
「私のこと、嫌い?」
「大嫌い。」
「私も佐助のこと大嫌いよ。」
「そりゃどーも。俺様はそれよりももっと大嫌いだよ。」


枕に埋めていた顔をの方へ向けて言うと、 はまたニヤリと笑い唇を寄せながら 「じゃあ、私はもっともっと大嫌いよ。」と小さく呟いてキスをした。 ついばむようなキスを交しながら、来年の今日もこうして言い合えたらいいのに、 なんて俺様らしくないことを考え、そっとの身体に手を回した。



チェシャ猫と86,400秒間の嘘