「私はいつまでお前を見ていられるのかしら。」


不意に呟いた言葉はきっと隣にいる幸村にも聞こえた。 独り言でも言うように呟いたからか、幸村は何も言わない。 私は幸村の方を向かずに、山陰に沈もうとしている夕日ばかりを見続ける。 赤々と焼けるような色をしている眩しいはずのそれが、眩しく映らない。 まるで黒い靄でもかかったような薄暗い視界にぽつりと浮かんでいる。 それすらもいつかは消えてしまうのだと思うとどうしようもなく哀しくて泣きたくなった。 瞬間、強い風が吹き付け、私の髪を靡かせる。 靡く髪を手で押さえ付けていると、目の前を紅葉や銀杏の葉が舞い散っていく。 あと少し、あと少しで私はこんなありふれた光景すら見えなくなる。 幸村の顔ですら、見えなくなってしまう。 直に、夕日も沈む。 そうしたら、蝋燭のわずかな明かりの中でまた、一人ぼっち。


「裏の山では紅葉が綺麗な頃ね。」


夕日から視線を外し、幸村を見る。 自分でもあからさまだと思うくらいに、明るい声色で話し掛けた。 だって、こうでもしないと泣いてしまいそう。 それに幸村が笑みを浮かべ、それに一言だけ答える。


「お前が暇なら、明日にでも見に行きましょう。」


どこか確かめるように言い、幸村と目を合わせる。 本当はこんなことを言わなくても、ついてきてくれることはわかってる。 だって、私は武田のお姫様で、幸村が守らなくてはいけない人だから。 だから、たとえ忙しくてもついてきてくれる。 それでも聞いてしまったのは、いつか離れていってしまうんじゃないかと、ただ心配で。 夕日に照らされ赤く染まった幸村の顔が少しずつ色を無くしていく。 嗚呼、どうしても、離したくない。 たまらなく、幸村の熱が恋しくなって幸村の肩に頭を預けた。 何も言わず、されるがままの幸村に少しだけ嬉しくなる。


「早く行かないと、ね。」
「そうでございますな。」


どこか自分にも言うように小さく細い声で呟く。 少し上の方から耳に届く幸村の声が心地いい。 このまま、ずっとこうしていられたらいいのに。 ずっと、この眼がお前の姿を映してくれたらいいの、に。 叶わぬことだと知りながらも願わずにはいられない。 幸村の熱に触れ、そう考えている間にも、じわりじわりと闇が迫る。 また今日も、暗闇に眼を奪われる。 ぞっとする。 泣いて、縋って、暗闇に一人にしないでと叫びたい。 けれど、そんな子供じみた我儘を言ってはいけないことも、許されないことも知っているから。 幸村は武田に仕える一武将。 私を守ってはくれても、私だけのものじゃない。 ぼんやりと滲んでいく視界にあわてて眼を閉じた。 今此処で泣いてしまえたら、どんなにいいだろう。 今此処でこのまま時が止まってしまったら、どんなに幸せだろう。 考えれば考えるほど、想えば想うほど、深みに嵌って抜け出せない。 こうしてる間にも、日は沈んでいき、時は動き続けているというのに。 もう、部屋に戻らなくては。 いつまでも、こうしてなんていられない。 預けていた頭を名残惜しいが離し、口を開いた。


「幸村、中に戻りましょう。」


すぐ後ろにある自室が恨めしい。 すくっと立ち上がり、幸村に声をかける。


「ねぇ、幸村。」
「どうしたのでござるか?」


私に続くように幸村も立ち上がる。 隣に立つ幸村の顔を見ると、喉の奥から言葉がせり上がってきて止まらない。


「私の世界から色が消えても、お前だけは消えては駄目よ。」


まるで、子供のような我儘。 酷く自分が惨めに思えて、足早に部屋に入り込み障子を閉じた。 障子に背を向け、ずるずると崩れ落ちるようにその場に座り込む。 馬鹿らしい。欲深い。叶うはずが、ない。 手探りで近くにあった蝋燭に火を灯した。 嗚呼、こんなゆらゆらと揺れる蝋燭の明かりですら愛おしい、なんて。


「姫様!」


外から幸村が私を呼ぶ声が響く。


「なぁに。」


何事も無かったように、いつもと同じ声色で返事を返す。 嗚呼、ねぇ、どうか、お願いだから。 さっきの言葉に返事なんていらないの。 あんな言葉は、ただの私の我儘なのよ。 叶わなくていいの、叶ってしまってはいけない、の。


「そのようなことを申されなくとも、この幸村、姫様の元から消えることなどありませぬ。 だから、どうか、そのようなことを申すのは止めてくだされ。」


いつもとは違う、絞り出すような幸村の声。 何も無かったように揺れる蝋燭の炎が歪む。 涙が頬を伝い畳を汚していく。 両手で口を覆い、誰にも聞こえないように泣いた。 幸村の言葉がたまらなく嬉しかったことと同時に、どうしようもないほどに幸村のことを愛しいと思ってしまった。 愛してるなんて言ってはいけないの、に。

(どうか、この眼にあと少しの間だけ映すことだけは赦してください)