「土方さん!土方さん!!」
「あー…?んだよ…。まだ、寝かせろ…。」
「早く、起きてくださいよ!そして、私を見てください!!」
「………。」
「寝るなー!低血圧マヨ長、起きろー!!」
「…っ朝からうるせェェェ!!」

最悪だ。朝から彼女の声で目が覚める。ここはいい。だが、今日は折角の休日。 ここのところ、連日連夜続いていた書類整理も明け方になり終わりを迎え、 その疲れを癒そうと漸く床につき、まだ一時間程しか寝れていないというのに。 そんな自分を起こしてきた彼女は、至極嬉しそうな顔をしていて。 更に、その手にはどこから持ってきたのかこいのぼりが。 全く、季節外れもいいところだ。 そして、まさかとは思うのだが、はこれを見せるためだけに俺を起こしたとでも言うのだろうか。 もしそうだったらどうしてくれよう、と未だ覚醒しきらない頭を使い思考を巡らす。 が、ふと、視界の端にもぞもぞと動くが映り、その思考は脳内の片隅に追いやられることになる。

「…何をしてんだ、。」
「見てわかりませんか!?」

見たところでわからないから聞いているわけなのだが。 それでも、見ればわかると言われたようなものだから、もう一度まじまじと見てみる。 こいのぼりの口から足を突っ込み、やたらと満足気な顔をしているを。 が、どう見ても、こいのぼりに食われそうになってる場面くらいにしか見えない。

「…もう一度、聞くぞ。何してんだ。」
「はぁ。」

溜め息つかれた。 その反応にどうしようもなく苛ついて、机の上に転がっていた煙草を手に取りくわえる。 同じように転がっていたライターで火をつけ、大きく吸い込む。 紫煙を吐き出し、落ち着いてからまた口を開いた。 本日三度目の質問だ。

「で、一体何してやがんだ。」
「下半身が魚。これでわかりますよね!」

下半身が魚。 だから何なのだと聞きたいのだが、機嫌を損ねるだけだというのが見えているので言わないでおこう。

「あー…、なんだ。半魚人かなんかか。」
「なんだってそんなに夢のない回答をするんですか。人魚ですよ、にーんーぎょ!」

そうか、そう言われてみれば、そんな気も…するわけもなく。

「そんな眉間に皺寄せて可哀想な目で見ないでくださいよ!」

そうは言われても、突然そんなことを言われては誰しもそうなる。

「いや、人魚ってお前…。」
「あー、もういいですよ。で、土方さん。」

話しかけながら、ずりずりと畳の上を移動してくる。 畳が傷付くからやめろ。と、言おうとした頃にはもう目の前に来ていて。 下から覗き込むようにこちらを見てくる。

「どうした?」
「人魚姫の最後、知ってますか?」

唐突に何を聞いてくるんだ、コイツは。軽く拍子抜けしてしまう。

「あれだろ?王子に構ってもらえなくて泡になって消えちまう。」
「なんだか、捩曲がった表現ですね…。」

それは個人の勝手だ。 訝しげな視線で見てくるに心の内で答える。

「…じゃあ、私と土方さんが何日間話してなかったかわかりますか?」

そう聞かれて気付いたのだが、ここ何日か連日連夜、書類整理やら何やらに追われて話した記憶がない。 むしろ、顔を合わせたことすらほとんどないのではないか。 ちらっとを見ると、ようやく気付いたのかとでも言いたげな顔でこちらを見ていて。 そのまま、すっと手を俺の口元に伸ばし煙草を取られる。 そして、そのまま顔を近付け互いの唇を重ねる。 何てことないただの口付け。だと言うのに、ひどく懐かしく感じるのはそれだけしていなかったからか。 しばらくして、唇が離れていき、が口を開いた。

「ね、土方さん。あんまり、構ってくれないと私も人魚みたいに消えちゃいますよ。」

軽く顔を赤く染め、それだけ早口に言うと煙草を灰皿に押し付け、小走りに部屋を出て行った。 後には、いつの間に脱いだのか、こいのぼりがぐしゃぐしゃにされて残されている。

「くくっ…、上等じゃねェか。嫌ってほど構ってやるよ。」

誰に言うでもなく呟いた言葉は、灰皿に押し付けられた煙草の紫煙と共に消えていく。 眠気の吹き飛んだ頭と、皺だらけのこいのぼりを片手に自室を後にして。 勿論、向かう先は愛しの人魚姫の元。


人魚姫

悪戯