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「佐助。」 「姫さん、どうしたの?」 「さようならを、言いに。」 本当に、うちの姫さんは酷い人だと思う。 夜更けに突然やって来たと思ったら、開口一番にそれだ。 とりあえず、俺は何も言わずに姫さんの手を引いて部屋に入れた。 誰かに見られていたら、時間も時間だしまずいだろう。 掴んだ小さなその手と温もりに今更愛しさを感じた。 部屋に入れると、姫さんはまた口を開いた。 「佐助、ごめんね。」 小さな声で、突然謝られた。 でも、その言葉は何に対して?俺に?夜更けに突然訪ねて来たから?それとも、 明日、竜の旦那に嫁ぐから? 何も言わず黙っていると、泣きそうな顔をした。 そういえば、姫さんは泣くときはいつも俺のとこに来ていたな。 じゃあ、明日からは一体誰の元で泣くのか。 やっぱり、竜の旦那?ああ、でも竜の旦那は意地が悪いから余計に泣かせそうだ。 だからさ、姫さんはここで涙を枯らしていきなよ。 そして、向こうでは泣き顔なんて見せないでまるで人形のようにしていればいい。 旦那はさぞつまらなさそうな顔をするだろうね。考えたくもない相手だけど。 「謝るくらいならさ、竜の旦那のとこになんか行かないでよ。」 俺も意地悪な奴だね。 姫さんが困ることなんてわかりきってるのに言ってんだから。 だからさ、いっそ俺を嫌な奴だと言って嫌いになればいいんだよ。 そして、何事もなかったように嫁いでいけばいい。 俺の事も忘れちゃって、さ。 「ごめんね、ごめんなさい。」 だから、なんでそんなに謝るんだよ。 しかも、目に涙まで溜めちゃってさ。 俺まで泣きたくなるじゃない。 溢れそうな涙をそっと拭ってやった。 こうしてあげられるのも、今日で最後だってちゃんとわかってる? 手を引こうとしたら、姫さんに掴まれた。 俺の手を掴む小さな手が、俺を映す茶色の瞳が、その温かな存在が、姫さんの全てが、 どうしようもなく愛おしい。 掴まれていた手を後ろに引いた。 突然のことだった姫さんは俺のほうに倒れてくる。 そして、そのまま姫さんを抱きしめた。 姫さんの匂いが鼻を擽る。 柔らかな髪を一筋掬ってみる。 さらさらと手から零れ落ちるそれに苛立ちを感じた。 まるで、始めから手に入れることなど出来るはずがなかったのだと言われているようで。 嗚呼いっそ、今この場でその白い首に手を掛けて絞め殺してしまえたらいいのに。 そうしたら、姫さんは俺のものだし。 それに、その報せを聞く竜の旦那の表情は傑作だろうしね。 「佐助…。」 今にも消え入りそうな声で姫さんが俺の名前を呼ぶ。 ゆっくりと背中に回された腕が触れる部分が熱い。 さっきまでの思考もどこかへと消え、ただ必死にその熱を感じようとする自分に気付いた。 あー、なんだか今の俺って単純かもなんて思っていると、姫さんがまた口を開く。 「愛してるわ、佐助。」 「俺だって。」 「愛してる、愛してる、…愛してた。」 嗚呼、本当にこの人は酷い人だ。 今にも泣きそうな顔をして、俺の背中に回した手で着物を掴んで離さないくせに、 それでもこの恋を過去形にしてしまうなんて。 「俺も、愛してたよ、。」 そっと呟いた言葉は心の内とは違った言葉。 感情を押し殺して言った筈が露骨に出ていて、もう自分で笑いたくなった。 あーあ、忍失格だね、俺様ってば。 それに自分で言ったくせに、きっと今の俺の顔は情けないんだろうね。 けれど姫さんは何も言わずに、ゆっくりと俺の胸に顔を埋めた。 顔は見えないけど泣いているのがわかる。 泣き顔なんてできれば見たくないのに。 「、顔上げて。」 少しの間をあけて、姫さんが顔を上げた。 その頬には涙が伝っている。 「さようならの、接吻を。」 が目を閉じる。 塞がれた瞼から零れ落ちる涙を軽く拭い、そっと口付けた。 終 焉 ト ラ ジ ェ デ ィ ー |